石橋糀屋

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奥会津大学に伺ってきました 2016/01/22 (Fri)
56.1 1月19日、三島町中央公民館で開催された、奥会津大学の講座に伺ってきました。糀を作るための糀菌を実際に見て頂いたり、糀が出来る工程や、糀を材料にした、味噌・三五八・甘酒の作り方・調理方法等をご紹介しながら試食を交えて説明させて頂きました。
特に皆さんが驚かれたのは、甘酒を作る工程で、一定の温度(55〜58℃)で7時間保温すれば甘酒が完成することです。そして、出来た甘酒を容器ごと水に入れて急冷すると、甘酒が真っ白に仕上がる事です。
当日は、スタッフの方を含め、約30名の方がご参加下さいました。
これを機会に、今まで以上に糀に興味を持って頂いて、美味しく健康になる楽しい食生活を送って頂きたいと思います。

糀についてお話をしてきました。 2014/09/22 (Mon)
60.7 先日、会津若松栄養士会からご依頼を頂き、糀についてお話をさせて頂きました。当日は、糀を作る時に使用する「もやし」と呼ばれる糀菌や、糀室から出たばかりの糀を、そのままの状態で持参いたしました。スーパーや小売り店で並んでいる袋詰めのイメージが強いせいか、実際に糀箱で出来ている糀をご覧になるのは初めての方ばかりで、大変驚かれていました。麹を作る原料によって「麹」と「糀」の字の使い方の説明や、麦麹・米糀・豆麹で作った味噌の試食、三五八で漬けた魚や豚肉の試食、冷やし甘酒の試飲もして頂きました。又、近々発売を予定している、当店特製の塩糀を使ってひと晩漬け込んだ、鶏肉も焼いて召し上がって頂きました。

2013年秋の京都・その1 2013/12/06 (Fri)
55.7 40 11月中旬、またまた京都に行ってきました。京都は、ここ何年か毎年9月に行っているのですが、今年は初めて秋の京都にお邪魔しました。旅行のガイドブックで見る、燃えるような紅葉を期待して行きましたが、一部しか紅葉していないところが多くて、時期が少し早かったようです。それでも綺麗に紅葉している所を選んで写真に収めてきました。
南禅寺の水路と永観堂の池の紅葉です。
紅葉・その1

京都 会津藩墓地 2010/10/15 (Fri)
46.9 26.1 9月の連休を利用して、彦根・近江八幡・京都に行ってきました。
京都は、今まで4・5回訪れていますが、今回の旅行の目的は、幕末、京都で亡くなった、会津藩士が葬られている「黒谷・金戒光明寺」に参拝する事でした。金戒光明寺は、会津藩主・松平容保が務めた、京都守護職の本陣があった場所として良く知られています。金戒光明寺の石段を上ってしばらく行くと、途中左に折れ道なりに進むと、会津藩墓所と書かれた一画があります。墓所には300以上の墓があり、中には「猪苗代・○○」と書かれた墓もありました。今、私たちが日々平和に過ごす事が出来るのも、先人たちの尊い犠牲があったからに他ならないと感謝の気持をこめて線香を手向けてきました。会津人が京都に行ったら、是非一度は行かなけれならない所だと思いました。

布引高原風力発電所 2009/05/27 (Wed)
17.1 猪苗代湖の南に位置する標高約1,000mの布引高原には、風力設備33機、合計出力65,980KWの国内最大の風力発電所があります。高原の風を受けて回る33機の風力発電機の姿には、圧倒されてしまいます。高原からは天鏡湖と呼ばれる猪苗代湖が広がり、磐梯山が眺める事ができます。

警察犬競技会にて 2008/06/22 (Sun)
27.5 4月に、猪苗代で行われた「警察犬競技会」に我が家で生まれた子犬たちも参加しました。平成18年の5月16日、家で飼っているラブラドールのラブに子供が生まれました。10匹生まれたうち8匹が順調に育ち、2ヵ月後、新しい飼い主のところへ引き取られていきました。母犬のラブは、訓練に出したお陰で、服従もそこそこやるし、競技会に出ても上位の成績を頂いたことも何度かありました。そこで、子犬の飼い主になる方には、出来れば訓練士に習って服従訓練をして欲しい事と、あわよくば、子犬たちが大きくなったら競技会で顔を合わせることができたらうれしいと思っていました。
そんな夢が、4月の大会で実現したのです。富岡町のSさんに引き取られた
デカ(子犬のうち一番大きかったので)ことクッキーと、泉崎村に引き取られたメイ(5月生まれだったので)と、我が家のメグの3頭が大会で顔を合わせることが出来ました。それぞれの子犬とは会う機会もあったのですが、一緒に会うことは初めてでした。競技が終わってみんな揃って写真を撮りました。






松平家御廟 2006/06/02 (Fri)
25 26.8 先日、友人と二人で松平家御廟に行ってきた。御廟に行くのは、今回で二回目である。初めて行ったのは、25,6年前の夕刻時だった。現在は、松平家から会津若松市に管理が移っているが、当時は松平家の所有であったために、なかなか管理が行き届かず木々が鬱蒼と繁っていて下草も伸び放題だった。人の気配もまったく感じることが出来ない、まるで霊でも出てきそうな不気味さが漂っていた。帰りは後ろを振り向かないで、一目散に走ってきた記憶がある。そんな思いが強く残っていたので、友人を誘っての訪問になったのだ。いざ、現地に到着してみると、石段が整備され、まわりの樹木も光を通す程度に伐採されて、以前よりは明るい感じにはなっていたが、霊気が
漂う感じは少しも薄れていなかった。入り口の門をくぐり、石段を登っていくと思いもかけない建物があった。

会津領二十三万石を歩く 2006/03/06 (Mon)
18.6 34.3 3月26日(日)まで、市内の県立博物館において会津藩の城下町を描いた「江戸時代の地図・絵図展」が開かれている。今回は子供を連れて二度目の訪問だ。前回見逃してしまったが、当時の我が家らしい家が記載されていた。現在の住居表示は御旗町であるが、私が未だ小学生の頃は片柳町と表していた。小さい頃、父親に片柳町の由来を尋ねたことがあったが、「裏に流れている川の片側だけに柳の木が何本も立っていた」と説明された記憶がある。それ以前、昭和20年頃までは「片原町」と表示していたらしい。その由来は「川の片側だけが原っぱだった。」と聞いたことがある。驚いたことに、江戸時代の地図に「片原町」が表示してあり、裏の川と家の間に草が描かれてある。周辺の道路も現在と全く同じであり、近所にあるお稲荷様の位置も変わらないし、地図を見ながら先祖はどんな暮らしをしていたのか、しばし当時に思いを馳せた一時だった。
又、噴火前の磐梯山が描かれており、本来の形を知る上でも貴重な資料である。
鶴ヶ城の内堀・外堀の範囲が克明に判り、武士と庶民の住居の住み分けも確認できる。機会があれば、ぜひご覧下さい。

味噌つくり・共同作業所「希来里」にて 2005/08/29 (Mon)
19.4 18.8 会津坂下町の「桜の家」に続いて、会津高田町にある共同作業所「希来里」さんで
スタッフの皆さんと「味噌作り」を行ってきました。
原料は、無農薬で有機栽培の大豆と米を使い、塩は伯方の塩を使うなど、材料に拘って作りました。写真はその時の様子です。

味噌つくり 2005/06/27 (Mon)
32.5 6月18日(土)に、会津坂下町の共同作業所・桜の家で、作業所のスタッフの皆さんと味噌を作ってきました。原料の大豆と米は、無農薬・有機肥料で栽培したもので、塩は「伯方の塩」を使うなど吟味した材料だけで仕込みました。スタッフの中に、自宅で味噌を作っている方がおられ「こんなにきれいな糀ははじめて見た。」と誉めていただきました。家の糀の作り方は、代々受け継がれてきた方法にその時々の工夫を加えながら現在に至っています。中でもひとつの拘りは、蒸米を冷ます時、強制的に風を送って冷ましたりせず、布に広げた状態で自然に冷めるの待つことです。強制的に冷ましてしまうと、米の表面が乾燥して硬くなり、糀菌が米の中まで入りづらくなります。その点、自然に冷ました場合は糀菌の繁殖が大変良いのです。ただ、時間がかかってしまい作業効率が悪いのが難点ですが、良い糀を作るためには、やむをえません。
仕込んだ味噌は、販売も予定しているとの事なので出来上がるのが楽しみです。
写真は、鋳物の釜で大豆を煮ているところです。